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 Mobara Baptist Church

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「『イエスの視線』をもって」

2019年1月27日
 日本バプテスト連盟
宣教研究所長 朴思郁

ルカによる福音書 19章1-10節 (新約 146ページ)

 ドイツの哲学者であるフリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)は、数々の名言の中、「あると思えば見える」という寸鉄人を刺す警句を残しました。物事の捉え方はすべての人に一律ではなく、それぞれの見方や固定観念に左右されるという意味です。それ故に、ある人には見えるものが、ある人には見えないことがあり得るということです。要するに、私たちはどのような観点を持って生きているかを問いかけられていると思われます。
 聖書は、背の低いザアカイは噂で聞いていたイエスがどんな人なのか見ようとしましたが、大勢の人々に遮られ、通り過ぎようとしているイエスの姿を見ることができなかったため、窮余の一策として、いちじく桑の木に登らざるを得なかったと言います。そして大勢の人々が彼の存在に気づいていない中、イエスは立ち止まり、上を見上げて「ザアカイ、降りてきてください」と彼を呼び寄せたというのです。果たしてイエスと大勢の群衆との違いは何だったのでしょうか。
 イエスの時代に徴税業務の責任者として金持ちでもあるザアカイは、その社会の中では「罪人」と呼ばれる、いわば「存在する非存在」でした。言い換えれば、ザアカイはその社会に生きていても、人々は彼を無視して、あたかも存在していないかのように扱われていたのです。しかしイエスは「存在する非存在」であるザアカイの存在を、ありのまま受け止めて招かれたのです。「『イエスの視線』をもって」自分の周辺を見渡すとき、これまで見えなかった「存在する非存在」がどれほど見えてくるのかを試みてみようではありませんか。


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