2010年5月9日 塩山宗満
テサロニケの信徒への手紙一 5章16-18節
この聖書の言葉を前にして、私たちの現実はどうでしょう。私たちの周りに、喜んではいられないような重苦しい状況があります。でもそんな苦しみがあっても、あえて礼拝に来て、神の言葉を聞いて、賛美を歌って、みんなで祈るときに一緒に神を礼拝する喜びが湧き上がってくるのではないでしょうか。そしてそれは、苦しいけど我慢をしているのではなく、苦しいけど、それを超えた喜びが与えられるからなのです。
私たちには時に苦しみのあまりいろんなことを投げ出してしまいたくなる時だってあります。そんな時でも、いつも喜んでいるためには、「絶えず祈りなさい」という言葉が続いています。この祈りがされていなければなりません。そして、もう一つ、「どんなことにも感謝しなさい」という言葉が続きます。これだって冗談じゃないよ、といいたくなる状況におかれているかもしれません。でも、このことが「キリスト・イエスにおいて神があなた方に望んでおられること」なのです。感謝しなさい。と神は言われます。神に従うことを決断したものとして、この一年はこの言葉どおりに生きてみようではありませんか。神が望んでおられるのですから、そのように生きることを神は可能にしてくださるのです。そのためにイエス様が十字架にかかり、私たちのために死んで、そして甦ってくださったのです。だから、私たちはそのように生きることができるのです。神は、必ずそのような私たちを受け入れてくださり、神とのさらに深い交わりの中へ導いていってくださいます。