2011年10月2日 塩山宗満
詩編 104編1-24節
主なる神はご自分の住まいである天から、雨を降らせて実りをもって地を満たして下さいます。パレスチナ地方は10月から3月までが雨期で、先の雨という10-11月の雨で、種蒔きが行われ、後の雨、3-4月頃の雨で収穫前の成長を助けるようです。その雨によって家畜も牧草を得るし、様々な草木が生えてきます。15節はなんだか楽しい表現です。人はただパンだけで生きるのではなく、もちろん神の言葉も必要なのですが、それだけでもなくて、心を楽しくしてくれる葡萄酒も、顔をつやつやと輝かせる油もなくてはならないものなのだとこの詩人は語るのです。
創世記1章では神は4日目に太陽や月、星を創り、それを動かすことによって大自然の中に季節や昼、夜を作り込まれました。この詩人はそれだけでなく、夜は森の獣やライオンが動き回って、神に食べ物を求め、太陽が出て朝が来ると、今度は人が鍬を持って畑に耕しに出かけ夕べになるまで働くようになったと歌います。額に汗をして働くように定められた人間に対し、この詩人は働くことは神の祝福であり、喜びなのだと言います。神は私たちに働くように整えて下さっているのです。そして、神がいろいろなところで働いておられ、そのみ業が地上のあらゆる所に充ち満ちていること、神がなさった業が完成して秩序を保っていることを感謝をもって語ります。
「命ある限り、わたしは主に向かって歌い、長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。どうか、わたしの歌が御心にかなうように。わたしは主によって喜び祝う。(104:33-34)」
私たちもこのように歌い続けようではありませんか。