2011年10月30日 塩山宗満
詩編 115編1-18節
「主を畏れる人よ、主に依り頼め。主は助け、主は盾。(115:11)」偶像により頼むことはしないで、「主により頼め」ば、「主は助け、主は盾」、主は助けて下さるし、盾となって私たちを守って下さるのだ、と繰り返し歌われています(9-11節)。まず、イスラエルの民全体に呼びかけていて、次にはアロンの家よ、と呼びかけているので、これは祭司の家系、神に仕える者たち。その後の、「主を畏れるもの」とは、旧約聖書の時代であっても、ユダヤ人以外でも主なる神を信じる人、神を畏れる異邦人はいたのです。ユダヤ人はパレスチナ地方だけでなく、世界全土、当時のことですから、エジプトやギリシア、ローマの世界へどんどん進出していきました。ある程度人が集まるとシナゴグといわれる会堂を建ててそこで、主なる神を礼拝していていました。行った先のそれぞれの土地で、ユダヤ人が礼拝するところへ一緒に加わって、このヤーウェの神、主なる神を信じるようになった異邦人も少しずつ現れてきました。
そして、イエス様の時代から後は主を畏れる人とは、イエス様を救い主と信じ、イエス様のみ言葉に従って生きていこうと決心をし、信仰告白をし、バプテスマを受けた人たちのことです。今日、この礼拝に集まっている人たちは主を畏れる人たちです。その人たちを主は助け、盾となって守ってくださるのです。イエス様を主と信じて従うものは、堂々とこう歌うことができます。「わたしたちこそ、主をたたえよう、今も、そしてとこしえに。ハレルヤ。(18節)」