本文へスキップ

 Mobara Baptist Church

                     前週                                               次週

「主イエスの死を見つめる」

2023年2月26日 三羽善次

 コリントの信徒への手紙一 15章50-58節 

 わたしたちは日々の新聞やテレビのニュースでいろいろな人の死に接します。それは災害であったり、交通事故であったり、コロナの死であったりします。しかし、それらの死は自分の死とは違う、向こう側の死であり、わたしたちはそれを眺めています。これに対して、自分の死には誰もが恐れを抱き、これから目を背けようとします。日本では、死は忌み嫌うものであり、できるだけ近づけないで忘れようとします。病院に四階がないのも、葬儀の帰りに清め塩をするのも死を遠ざけようとする心が底にあります。自分の死を遠ざけて忘れようとすることは愚かなことですが、一方死を見つめ続けることによっては何も得るものはありません。ある哲学者は太陽と自分の死を見つめ続けることは人間はしてはならないと言います。どちらも目を悪くしたり、また心を病むことになるからです。
 わたしたち信仰者は自分の死を主イエスの十字架に重ねてみる道が与えられています。今は、主イエスのご受難を共に過ごす、受難節・レントに入っています。この受難節はわたしたちの心と目を正しく主イエスに向けるときです。主イエスの十字架の死を通して自分の死を見るときわたしたちは自分の死を直接見て、恐れを抱くことから免れるのです。主イエスは十字架の死によって死に勝利されました。だからパウロは「おまえの勝利はどこにあるのか」と言ったのです。人生最大の死の問題は十字架上の主イエスの死によって解決されたのです。この信仰の事実を真剣に受け取るのがわたしたち信仰者です。そこにわたしたちに本当の平安と幸いがあります。


日本バプテスト連盟
茂原バプテスト教会

〒297-0012
千葉県茂原市六ツ野3394-5

TEL/FAX 0475-22-8275

牧師 塩山宗満