2026年3月1日 服部紘司
マルコによる福音書 10章32-45節
「イエスは言われた。『あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか』(38節)」
子どもたちは、消防車や戦車が大好きです。先日、息子と共に消防車に乗らせていただく機会がありました。しかし、数日前に、近隣で火災があり、身近な方々が亡くなる出来事があったばかりでしたので、複雑な気持ちでした。それはもしかしたら、笑顔で消防車に乗らせてくださった消防士の方々も同じだったかもしれません。壮絶な救出現場を経て、その場に来られたのかもしれません。私たちの身の回りには、たくさんの苦しみや悲しみが存在します。世界では、戦争が起こっています。私たちはそれらに気付かないか、気付いても、それらを自分の心で受け止めることは難しいものです。なぜこのような苦しみが存在するのか、理解することができません。だからこそ、すべての人間の苦しみを十字架で背負われた、イエス様が必要なのです。受難節の時、イエス様の十字架の苦しみに、希望を与えられています。
マルコによる福音書8章34節
「それから、群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた。『わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい』」