2025年2月2日 塩山宗満
マタイによる福音書 8章5-13節
わたしたちは祈る時にイエス様に全幅の信頼を置いて祈っているでしょうか。御心でしたらこうしてくださいと祈ったときに、神の御心と私たちの願いが違っていたことがあるでしょう。この痛みを、苦しみを取り去ってくださいと何度祈ったことでしょう。なぜ聞かれないのか、と疑問に思い悩むこともしばしばあります。でも、イエス様はそのような疑いも、迷いもみなそのまま主に委ねて生きていくこと、それが信じると言うことなのだ、と言っておられるのです。疑って迷ってもいいのです。それでも、主よ、あなたに求めます、と祈りつづけることが、イエス様が求めておられる信仰なのです。
わたしたちはイエス様に出会って、生きる目的と喜びを戴いたなら、病が癒されれば感謝だし、たとえ癒されなくても、主に委ねてそのままで喜びを持って生きていくことが出来るのです。
イエス様が地上で生活され、十字架への道を歩まれ、死んで、よみがえられて2000年が経ちました。今の私たちは、この地上でイエス様に顔と顔を合わせてお目にかかることはできません。けれども、私たちは聖霊の働きによってこの百人隊長のように、願い祈ることが許されています。イエス様はどんなときでも、私たちの祈りを聞いてくださるのです。私たちが困難なときも、私たちが悲しみの底にいるときも、私たちと共にいてくださるのです。収入が減り・経済的に苦しくなって、私たちの生活が脅かされている時でも、イエス・キリストは私たちのところへ聖霊を送って、一緒にいてくださいます。私たちも「ただ信じて」歩んでいきましょう。イエス様が驚いてくださるかもしれません。