2013年1月6日 塩山宗満
創世記 37章1-11節 (旧約 63ページ)
私たちはここ数年、創世記を通して神がアブラハムやその子たちを、神の愛によって選び、契約をし、守ることを約束してくださったことを読んできました。そして今年はヨセフを中心とした神の壮大なご計画を読んでいきます。12人の息子のうち、ヤコブは下から二番目のヨセフを溺愛します。
そのヨセフが夢を見ました。兄たちが自分を拝んでいるという最初の夢と「太陽と月と11の星が自分を拝んでいる」というもう一つ夢を見て、その夢のことを兄弟や父ヤコブにも話したので、兄弟たちはますますヨセフのことを憎み、ヤコブもさすがに驚いてたしなめるような言葉が出てきました。この一見どうしようもないような家庭内の争いが、数十年、数百年の長さで見ていった場合神のご計画のうちにあったのだということをこの後の展開が語っています。
使徒パウロはこう語っています。「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。(ローマ8:28)」
私たちの日常にも、どうしてこんなことがわたしの身に起こるのかというような出来事が起きてしまうことがあり、神なんかいないと叫びたくなる時があるかもしれません。けれども、私たちの思いを超えて働いてくださる神は、そのような出来事があってもそれを超えたご計画を持っておられるのだ、と今日の聖書は語っています。私たちの人生に神がどのようなご計画を持っておられて、何が「万事が益となるように共に働く」のかをじっくり見定めていこうではありませんか。