2016年7月3日 塩山宗満
マルコによる福音書 6章1-6節 (新約 71ページ)
「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである(6:4)」イエス様が育ったナザレの町の人たちは、自分たちがあまりに良く知っているマリアやその家族のことを思い出すので、イエス様が語られる真理の言葉を信じられず、つまずいてしまいました。
わたしたちも家族に伝道しようとすると、「そんな立派な信仰の話をしても、私はあなたのここで過ごしていた日々を知っているから、とてもあなたが立派なクリスチャンだなんて信じられない」と言われてしまいそうです。わたしたちが立派な人だからではなく、足りないところが一杯あっても、主イエスはありのままのわたしたちを受け入れてくださる、とわたしたちは信じていますが、そのことはなかなか「敬虔なクリスチャン」というイメージを持っている人達には伝わりません。
イエス様でさえ故郷では拒まれたのですから、わたしたちがうまく御言葉を家族に伝えられなくても無理もないことかもしれません。イエス様の言葉が、してくださった業が、十字架の意味がここ茂原の人たちに伝わっていくように祈り、働きましょう。わたしたちの家族に伝わっていくように祈り、働きましょう。わたしたちにできることは、家族や周りの人達にイエス様のことを知らせ、あとは聖霊の導きを祈って待つことでしょう。
今週の火曜日、7月5日(火)夕方にカリフォルニアバプテスト大学の音楽チームがやってきて賛美と証しの時を持ってくださいます。一人でも多くの人にこの教会の門をくぐってもらい、わたしたちの教会がどんなところかを知ってもらおうではありませんか。