2017年8月20日 塩山宗満
マタイによる福音書 8章5-13節 (新約 13ページ)
最初の重い皮膚病を患っていた人が、癒され皮膚が清くなったこと、百人隊長の僕が中風だったのを癒されたこと、その他にも聖書には病や障害が癒された話しがたくさん記されています。わたしたちは主に願いさえすれば様々な病が癒されるのでしょうか。
今、ガンで苦しんでいるバプテストの牧師さんが何人もいます。Facebookで近況報告があるとたくさんの人が「お祈りしています」と書き込みます。祈りはわたしたちの信仰にとって大事な要素です。ただ、重い皮膚病を患っていた人の願いをよく見ると「主よ、御心ならば、」という言葉があることに気付かされます。ですから、わたしたちも「御心でしたら」癒して下さいと祈ります。
わたしたちはイエス様に出会って、生きる目的と喜びを戴いたなら、病が癒されれば感謝だし、たとえ癒されなくても、そのままで喜びを持って生きていくことが出来るのです。
イエス様が地上で生活され、十字架への道を歩まれ、死んで、よみがえられて2000年が経ちました。今の私たちは、この地上でイエス様にお目にかかることはできません。肉体を持ったイエス様は天に帰っていかれました。けれども、私たちは聖霊の働きによって願い祈ることが許されています。イエス様はどんな時でも、私たちの祈りを聞いてくださるのです。私たちが困難な時も、私たちが悲しみの底にいる時も、私たちと共にいてくださるのです。世の中の経済がおかしくなって、私たちの生活が脅かされている時でも、イエス・キリストは私たちのところへ聖霊を送って、そばにいてくださいます。私たちも「ただ信じて」ご一緒に歩んでいきましょう。