2019年10月27日 塩山宗満
詩編 23編 (旧約 854ページ)
「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。(23:1)」この詩人は、主なる神は羊飼いだ、と歌います。ここには羊がその羊飼いに対して持つような単純で、絶対的な信頼を述べているのです。羊は臆病で、リーダーがいないとすぐに迷ってしまうような存在なのです。旧約聖書の舞台になっているユダヤの地は北のガリラヤの一部を除いてやせた荒野が多く、そこに羊の群れが放牧されていました。ここで、詩人が「主は羊飼い」という時、現実の様々な困難を避けて、導いてくれる羊飼いのことを描いています。羊にはオオカミの群れや外敵に対して自らを守る手立ては持っていません。このような敵から羊を守ることが羊飼いの大きな仕事なのです。
「命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう。(23:6)」この詩は最後にもう一度主に対する絶対的信頼をうたっています。「恵みと慈しみはいつもわたしを追う。」とは、ある人の訳では「実に、恩恵と慈愛がわたしに追い迫る」となっています。先日の家庭集会で、ある方が「本当に恵みが後から追いかけてくるのですよ」と語っておられました。
ただ、絶対的信頼を神に置くと言うことは簡単ではありません。全生涯を神に委ねて、疑わず、主に従っていくと言うことは冒険であり、賭けでもあります。神の前に幼子のように単純に従う姿をこの詩から読み取ることができます。息を引き取るときまでこの詩人は神の恵みと慈しみを実感しながら生きていくのです。
わたしたちもそのような人生を送っていきたいと心から願います。